はじめに
現在、花まるマルハナバチ国勢調査のデータを使って、複数の研究が進められています。しかし、ここですべての研究結果を報告しているわけではありません。研究者は、研究している内容を論文として発表する務めがあります。論文として発表する前に、研究結果を他の媒体で公開すると、論文では発表できない決まりになっています(学会発表などいくつかの例外を除く)。 論文として発表されない研究は、研究されなかったに等しいと見なされます。そのため、皆さんにご報告できるのは、おもに論文として発表されたものになります。申し訳ありませんが、その点をご了承いただけるとうれしいです。
写真枚数
年間で約1000枚の写真を収集しています。2013年から2015年の間に集まったマルハナバチの写真は3185枚でした(Suzuki-Ohno et al. 2017)。2018年までに集まったマルハナバチの写真は5503枚でした(Suzuki-Ohno et al. 2021)。
深層学習(AI)による写真の種同定
写真にうつったハチ類の種同定は、専門家以外は非常に難しいため、深層学習(AI)による写真にうつったハチ類の種同定の自動化を目指しました。ミツバチ類2種とマルハナバチ類10種の写真を用いて深層学習を行なったところ、人間の種同定精度(53.7%)よりも非常に高い精度(84.7%)で種同定が可能になりました(Suzuki-Ohno et al. 2022)。
分布
マルハナバチ主要6種の分布(2015年時点)
白丸が写真で報告のあった場所を表しています。
(a)トラマルハナバチ、(b)コマルハナバチ、(c)オオマルハナバチ、(d)クロマルハナバチ、(e)ミヤママルハナバチ、(f)ヒメマルハナバチ
マルハナバチ主要6種の分布推定
種分布モデルにより、報告がない場所も含め分布確率を推定しました。青は確率が低く、緑から赤は確率が高い場所です。
(a)トラマルハナバチ、(b)コマルハナバチ、(c)オオマルハナバチ、(d)クロマルハナバチ、(e)ミヤママルハナバチ、(f)ヒメマルハナバチ
影響する環境要因
分布推定の結果、マルハナバチの分布は主に、気温と標高と森林面積で決まっていると考えられます。トラマルハナバチ、コマルハナバチ、オオマルハナバチ、クロマルハナバチは、1平方キロメートルで考えると、35〜70%程度、森林に覆われた場所が生息に適していると推測されました(Suzuki-Ohno et al. 2017)。
このような「ほどほどの」森林面積は、里山でよく見られます。伝統的な方法で維持されている里山は、人間による適度な撹乱(例:二次林の管理や野焼きや草刈りなど)があり、様々な生物が生息することができます。そのため、生物多様性の維持に非常に重要な場所だと考えられています。里山について詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ。
里山は、マルハナバチにとって重要な環境であることが、改めて明らかとなりました。しかし、高齢化などにより、今後里山が減少していくと考えられています。今後は、マルハナバチを保全するために、どの地域の里山を維持すべきなのか、維持するにはどうしたらいいのか、研究していきたいと思っています。
分布縮小・拡大推定
マルハナバチ主要6種の分布縮小・拡大推定
種分布モデルにより、現在と過去の分布をそれぞれ推定し比較することで、過去約26年間で分布が縮小・拡大した地域を推定しました。赤が縮小、青が拡大、水色が分布していて変化がない、ピンクが分布していなくて変化がない確率が高いと推定された場所を表しています。
(a)トラマルハナバチ、(b)コマルハナバチ、(c)オオマルハナバチ、(d)クロマルハナバチ、(e)ミヤママルハナバチ、(f)ヒメマルハナバチ
分布縮小の原因となる環境要因
分布推定の結果、過去約26年間で、6種のうちコマルハナバチを除く5種が、主に気温上昇により分布縮小していると推定されました。推定された分布縮小は、特に北海道でのオオマルハナバチとヒメマルハナバチの分布で広く見られました(Suzuki-Ohno et al. 2020)。北海道でのマルハナバチ類の保全活動が必要となっています。
また、トラマルハナバチは局地的な森林面積の増加でも分布縮小していると推定されました(Suzuki-Ohno et al. 2020)。森林面積の増加は、主に人工針葉樹林や二次林で見られ、人工針葉樹林や二次林の管理放棄が原因の一つだと考えられました。管理放棄された人工針葉樹林は、木の密度が高くて薄暗く、林床に光が届かないため、マルハナバチ類の餌となる花が咲きづらくなります。これらの森林の適切な伐採を含む管理が必要となっています。